蓮生山熊谷寺(工事中)

熊谷直実公生誕地、蓮生法師往生之地

「横蔵寺」

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 横蔵寺は、岐阜県のJR大垣駅から車で40分ほどの揖斐郡谷汲村横蔵地区にあります。 (樽見鉄道谷汲口駅からバスもあります)この時期(11月1日から30日)はもみじ祭と称され、 近くの華厳寺とともに賑わいを見せていました。

 山号は両界山といい、延暦20年(801)に、伝教大師最澄が自作の薬師如来像を祀り開かれたお寺です。 織田信長により比叡山が焼き討ちされた後には、この横蔵寺の御本尊が比叡山根本中堂の本尊となりました。
 美濃の正倉院とも称されるほどの幾多の重要文化財である仏像類とともに、ここ両界山には妙心上人の舎利仏、即ちミイラが祀られています。 天明元年(1781)、横蔵に生を受けた妙心上人は、両親の没後、仏道修行のため巡礼の旅に出ました。西国、坂東、秩父の三十三ヶ所、 四国四十八ヶ所を巡り、信濃の善光寺大勧進にて受戒されました。その後、富士講の先達をつとめ、 文化12年(1815)に山梨県都留郡の御正体山の洞窟で入定されました。上人の遺体は村人たちによって厚く祀られていましたが、 明治23年に出生地であるこの横蔵寺に帰られ、祀られることとなったのです。

 さて、熊谷蓮生法師との関係は?と申しますと、 一部に伝えられている縁起によるとこの横蔵寺中興の祖となっています。この横蔵寺、 昔は今の場所よりさらに2キロほど登った山頂付近に三十八もの坊舎とともに建てられていたとのことで、 蓮生法師宝篋印塔もこの周りにあったそうですが、現在は移動されて寺門の裏手にひっそりと建てられている。 この蓮生法師、 元久元年(1204)5月13日、横蔵寺へ立ち寄った際、棟や梁が落ちかけている釈迦堂を目にして、 その再建費用のため自ら来迎阿弥陀如来像を刻み、念仏会の本尊として持仏堂に安置した。 この旨が記された銘が胎内から発見されたこの阿弥陀如来像は「熊谷弥陀」と呼ばれています。
 この熊谷弥陀ですが、この横蔵寺再建のために非常に貢献してきたようです。記録によりますと、文暦元年(1234)、 永仁2年(1294)の開帳により本堂、本尊を修補し、文明6年(1474)の開帳では仁王門と仁王尊像の修造をしたとの銘があり、 天文3年(1534)には「奉造立弁財天」の銘が残されています。

 お天気に恵まれたこの日、帰りのときには写真のように、まさに阿弥陀さまの光かのような陽光も見られました。

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