蓮生山熊谷寺(工事中)

熊谷直実公生誕地、蓮生法師往生之地

「花のうてなの御詠歌~人の一生は」

47 views
約 3 分

   人の一生というモノは非常に長いものです。「人間50年、下天のうちにくらぶれば、夢幻の如しかな」昔は謡曲『敦盛』にもございますが人の一生は50年と謡われていました。ところが今やその平均寿命は80歳を大きく越え、100歳を越えて元気な方もたくさんいらっしゃいます。 

   しかし、平均寿命が50年の時代に80、90歳でもお元気な方もいれば、平均寿命が80歳を越える今の時代でも幼くして命を終える子もいます。人の命というのは非常にもろいものです。ちょっとしたことで長くも短くもなります。 

   毎日の生活の中で私たちはこれを意識することは殆んどありません。笑ったり泣いたりしながら私たちは毎日を過ごしています。苦しいこともあるけれど楽しいこともあります。楽しいひとときなら終わってほしくない。ずつと続いてほしい。私たちはそう願い続けます。そして私たちはいつの間にか、その楽しみの中で「いつしか終わる」ということを考えることすらしなくなってしまいます。 

   しかし、諸行無常という理には私たち人は最先端の医療をしても、高度な科学技術を持ってしても抗うことはできません。この身が果てていく、それは避けられないことなのです。いつまでもこうしていたい、でもできない。いつまでも皆と一緒にいたい、でも別れなければならない。それゆえ、苦しみや悲しみが生じてくるのです。 

   浄土宗を開かれた法然上人はおっしゃいました。この別れは永遠の別れでは無い、一時のものである、と。南無阿弥陀仏とお念仏を称えれば、阿弥陀さまは必ずその声をお聞きになっていて、命終えたときには必ず迎えに来て下さる、必ず浄土へ導き往生させてくださる。お念仏を称えていれば、いつしか必ず浄土で再会できるのです。そう教えてくださっています。 

「つゆの身はここかしこに消えぬとも、心は同じ花の台ぞ」 

   この身は葉の露のように儚くもろいもので、いつどこで消えてしまうかわからない。でもお念仏をお称えしていれば、いつどこでその身が果てようとも、阿弥陀さまは必ず浄土へと導いてくださる、そして必ず往生させてくださるのです。浄土の蓮の花の上での再会を楽しみにしておりますよ。 

   先に往かれた愛するご家族といつの日か必ず浄土で再会できるように阿弥陀さまにご一緒にお願いをしてお話を閉じさせていただきます。 

コメントはこちら

*
*
* (公開されません)

Share / Subscribe
Facebook Likes
Tweets
Hatena Bookmarks
Pinterest
Pocket
Evernote
Feedly
Send to LINE

お念仏・詠唱の会
 毎月第三月曜日
 午後一時半から三時半

 皆さんで楽しくおしゃべりをしながら
木魚を叩き、お念仏を称え、仏法を学ん
でいく会です。
ご気軽にご参加ください。